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糞(クソ)と名付けられた人について
松尾芭蕉に「あこくその心も知らず梅の花」という歌があります。
このなかの「あこくそ」というのは紀貫之の幼名といわれている「阿古久曾」のこと。

古今和歌集にはそのままずばりのクソという名前の女性が登場します。
従兄弟なりける男によそへて、人の言ひければ
   屎
よそながら我が身に糸のよると言へばただ偽りに過ぐばかりなり

このように日本には名前に屎(クソ)と名付けられた人々がいました。そのすべてをあげるのは面倒なので、「古今黄金譚」という本をご覧ください。

幼名にこのような不潔な名前をつけるのは悪鬼に魅いられないようにというのは有名な話で、古今黄金譚に引用されている李家正文によると「あまりに美しいものは、なにか知ら魔がさして、この世に生きてゆくことができないといふような考えが、平安時代の人々から一般に信じられていた」ということのようです。
またこれは確実なところではないんですが、昔の人名につけられた「麻呂」、「麿」、「丸」も、もとは「糞」を意味していたという話もあります。このあたりはおまるの語源ともなんらかの関連がありそうなんですがよくわかりません。

こういった不浄なものを名前につけるということ以外に、形式的に子供を捨てて、そして拾ったということにすることもありました。この厄除けで有名なのが豊臣秀吉で、淀君との間にできた最初の子供は「棄丸」という名前。この棄丸が夭逝した後に生まれた
秀頼の幼名は「拾」と名付けられていたとのこと。

むはしは「七歳までは神のうち」なんていったように乳幼児の死亡率の高さゆえこういった名付けが行われていたわけなんですが、この幼名は親がつけるものだから美名じゃないことも多いわけで、そのため元服時などで幼名から脱していたわけです。まあ幼名とか字なとか諱とか名前がたくさんあるのはややこしそうですけどね、親が決めた名前を一生背負うっていうのも結構酷な場合もあったりするんでなんともいえませんが。
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