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腹を切らない切腹の作法について。
ウィキペディアの切腹の項を見ていたら、こんな文面がありました。
江戸時代中期には、切腹自体も形式的なものとなり、四方に短刀でなく扇子を置き、その扇子に手をかけようとした瞬間に介錯人が首を落とすという方法が一般的になる(扇腹、扇子腹)。有名な赤穂浪士も、比較的身分が高かった大石内蔵助ら数人以外は、扇子や木刀を使用した。

時代劇で見かける切腹の時は刀を使っていたのでちょっと驚き。

これではただの打ち首じゃないかと思ったのですが。
でもまあ平穏な江戸時代中期以降は人を殺したことのない侍なんていくらでもいたでしょうし、そうなると刀で自分の腹を突き刺すなんて結構な度胸が必要とされたはず。それに痛さで身悶えなんてしたら介錯の人も、まともに首を落とすなんてことは出来そうもないし。ウィキペディアにも「首を一刀で切り落とすのは剣術に長けた者でないと勤まらず、下手な者の介錯ではしくじっては何度も切腹人を斬りつけるという無様な事態になりかねない」とあります。

そこで扇子腹という切腹の作法の出番となったんでしょう。

刀ではなく扇子で代用するという方法は、おそらく子供への教育として用いられていたのではないかと思うのですが確認できていません。ただまあ作法を教えるのには真剣は必要ないはずですので。
年端のいかない子供が切腹した時の事例では、介錯人が扇子を使って作法を指導するとみせかけて、子供に真似させた上で不意打ちして首を切り落としたということがありました。

実際の切腹では、やはり介錯が難しいようです。
氏家幹人「かたき討ち」によると1658年に切腹した鈴木右近は切腹の作法を知らず、腹を切った後振り返ろうとしたばかりに介錯が失敗。1865年に切腹した武市瑞山はうつぶせに倒れたため介錯人は両脇腹を合計6回ほど刺して絶命させたとか。

また忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の切腹の時にも介錯人が失敗したという話もあります。

真剣を腹に刺した人の首の皮一枚を残して介錯するなんて言うのは非常に困難なことなのではないかと。そういったわけで切腹に扇子腹という作法が取り入れられたと思っているのですが、ただ問題は赤穂浪士の切腹にも扇子腹が行われているということ。
身分によって使い分けられていたのか、過渡期だったからなのか、まだ良く調べていないのですが。
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| ワンセグ情報 | 2007/04/05 11:15 |
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